高田渡の焼き場まいり

※以前のブログの2019年4月28日の記事より。

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4月18日、多磨霊園の隣にある多磨葬祭場に行った。
高田渡のお墓まいりじゃなくて、高田渡の焼き場まいりに行ったのだ!
高田渡のお墓は東京にはないと、先日、聞いた。
命日に追悼する人は数多けれど、火葬された日に火葬場に行ったのは、私ひとりだろう。
私は高田渡の最後の弟子。会いに行ったら、死んじゃった。

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高田渡が釧路でこの世を去ったのは4月16日の未明。
そのあと飛行機で遺体が羽田空港に来て、アパートに戻ったのがたぶん4月17日。
それでカトリック吉祥寺教会で葬儀ミサがあったのが、4月18日。
葬儀ミサのあと、近しい方たちが多摩葬祭場にバスとかで行った。

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私自身がカラダが病気とかでしんどいので、子供の頃からあちこち病気があった高田渡に対して、「おつかれさま」という感覚が強くある。
(だから私は、申し訳ないけど、高田渡生誕会やパウロ渡会や、いま生きてたら何歳だねという催しは、すべてイヤだった)
私は命日だけでなく、彼の魂がそのカラダから離れることができた4月18日を、重視したいと思った。それで、多摩葬祭場に向かった。
まず、多磨霊園駅という駅で降りて、杖ついて、駅前の地図をポケーッと見ていた。
でも多磨霊園駅なのに、多磨霊園が載ってない。
そしたら、「何かお困りですか?」と声をかけてくれた方がいた。
「多磨霊園に歩いて行きたいです」
「多磨霊園は歩いたら、ここから30分くらいあるんです。バスが出ていますからご案内します」
30分というのは、私にとっては90分くらいだ。
そのご婦人は、丁寧にバス停まで連れて行ってくれて、バスが来る時刻まで教えてくれた。
「多磨霊園は広いから、バスは表門にも停まるし、裏門にも停まります。多磨霊園のどちらに行かれますか?
そう聞かれて、「火葬場に用があります」と言うのは、なんだか変な人な気がして、「表門に行きます」と答えた。
「ご丁寧にありがとうございます」と言いました。
ご婦人は、にこやかに笑って、横断歩道を渡って、向こうへ行かれました。
その人が高田渡だということは、私はすぐにわかりました。

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それでコミュニティバスに乗って、多磨霊園表門というバス停で降りた。
そこから多摩葬祭場を目指して、たくさん歩いた。

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やっと着いた!
ここが渡のさいごの場所だ。

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葬祭場の中にも入ったけど、ご迷惑というか不審者みたいだから、すぐ出た。
14年前のこの日、この場所に、晩年の高田渡と近しいところにいた人たちから、一定の距離があった加川良さんや、いろんな人が勢揃いしていたのを想像すると、高田渡の器の大きさと他者へのある意味での無期待が、おかしい。実際、みなさん、仲が良いわけではないだろう。

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持っていった渡の「大・ダイジェスト盤 三億円強奪事件の唄」(非売品のトラのほう)のシングル盤を、空にかざした。
「三億円事件の唄」で渡が歌っている。

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♫ところは府中の裏通り~!

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ほんとにその通りになってる!

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♫ゾクはケムリとずらかった~!

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やっぱり渡は最高にクールでポップだ。
ワタルはケムリとずらかったんだ!やった!天晴れだ!

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わたる、2005年4月18日、おそらになった!
れい、2019年4月18日、じめんにいる。

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So long, it’s been good to kow you.
アバヨ、あんたを知っててよかったよ!

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